アラバマに越してきてそろそろひと月、娘は毎日よく食べ、ふくふくと育っている 本当なら一日中ずっと娘と遊んでいたいところだが、そろそろ博論再開しないといけないので、涙を飲んで文献読んでいる
娘の世話は夫のお母さんがしてくれるので、それはいいのだが、もう彼女が娘にべったりで逆に困るほどだ 朝自分たちの部屋で授乳して、その後ミルクを取りにキッチンに娘を抱いて行こうものなら、両手広げて待ちかまえている 「忙しそうだから代わりにやろうか?」という聞き方をされるのだが、その実自分が娘といたいのがあまりにも明らかだし、こっちはいやだとは言えない訳だから、少しずるいと思う そんなわけで日中は基本的に、グランマのデイケア状態、一緒にいられるのは授乳中だけで、終わったら両手広げて待たれているのでろくに遊んだりなどできない(一度などは授乳中に部屋の前まで来てどれくらいかかる?って聞くので、あと20分くらい、と答えたら、キッチンタイマーセットして待っていた 笑) 向こうも悪気はなくて、手の込んだ意地悪とかするタイプの人でもないし、純粋に助けようとしてくれている部分も多分にあるのだが、こうやって引いた目で書けるようになるまでには、わたしの中ではそりゃもうさまざまな感情が渦巻いて大変だった まじでPPDかと思ったわ
こんな流れになっている根底には料理問題がある 年末に引っ越してきた当初、お母さんはフロリダでの展開をすべて忘れたかのように、正月気分とか限りなく無視で牛ひき肉料理を連続で用意した(しかも同じ料理のローテーション) 付け合せの野菜はもちろん全部缶詰、しかも缶の中身を鍋にぶちまけて温めただけのが、水気も切らないまま出てくる感じとあって、あ、こりゃやっぱだめだ、となる せめて何かもうちょっとバラエティのある食材を買いたそうと、お金だけもらって買い出しも代行するが、行く前に何か買ってくるものある?と聞くと、
母:「ええと、そうね、牛ひき肉。」
...。 幸いその場では夫が「冗談だろ。」とわたしの気持ちを120%代弁してくれたため買わずに済んだが、結局あとでお母さん、こっそり買い物に行きひき肉買い足していた 笑 なんか彼女は、有り合わせで適当に料理するということができない人で、急にその日になって料理を頼むと、文字通りパニックに陥るのである 自分のよく知っている材料(主にひき肉、たまにポークチョップ、ソーセージ)を事前から準備しておいて半日がかりで料理するっていうのしかできないらしい それだと結局、同じものばかり食べ続けることになる ということでやっぱり、わたしが基本的に料理することになった
そんなある日、アル中のJ叔母からお母さんに電話があり、娘を見たいから、一家で週末パイを持ってやってくるという なんとなく流れ的にこちらが食事を用意するらしい、とお母さんは言うのだが、もちろん自分が料理したくないのは明らかなので、これまたなんとなく流れ的にわたしが料理することになる 「前に作ってくれたあの豚肉の料理(とんかつのこと)はおいしかったからあれ作れば?」と提案されるが、日本料理に慣れてないどころではない叔母一家に、主菜、ごはん、味噌汁、みたいなメニューを出すのは正直ハードル高すぎると思い、かといって、とんかつを始めとした一品料理を6人分とか作るのは負担が大きすぎる というわけで、苦心の末酢豚と炒飯とクラブラングーン(こっちのチャイニーズでよく出てくる、ワンタンの皮にクリームチーズと蟹または蟹かまをつつんで揚げたもの)を作ることにした
ともあれ、前日になって夫がおばさん明日何時に来るの、とお母さんに聞くと、「え?わからない たぶん午後じゃない?」と ディナーを準備すると思っていた夫はわからないって何だ、とキレるが、わたしは実はこの展開予想していたので、黙々と酢豚の材料を切り刻み、豚肉に下味をつけて次の日に備えた(3時間に一回授乳なので、準備はできるうちにしておかないと時間がまるでない) で、当日、起きて、授乳して、あとはもう黙々と料理し、あとはクラブラングーンを揚げるだけ、というところで、叔母から電話 「えっもうご飯食べちゃったよ!何も作らなくていいって言ったのに」って、まーじーでー! 結局、ほぼわたしの面目を保つためだけにクラブラングーンをスナックがわりに出したら受けたようで、叔母は酢豚にも興味を示して豚肉だけ全部食べて帰った 笑 しかし丸く収まったとはいえ、この一件にはさすがにげんなりきた
ずっと料理しているのもそれはそれはストレスなのだ 料理して食べたら一時間半はロスするし、授乳の合間を縫って他のこともしなきゃいけない 大体料理している間、お母さんは娘と遊んでるわけで、なんやら割に合わない 遊ぶのならわたしにだってできるっていうか、むしろそっちをやりたいよ的な 結局彼女は料理ができないので、ますます自分の使命は孫と遊ぶこと、とばかりにそっちに邁進してしまう
で、試行錯誤の末、一日置きに交代で料理しようと今朝提案してみた お母さんの料理も、わたしらがけっこううるさいので徐々に改善されてきている(気はする)し、これがいろんな意味での妥協点だと思う
この一件でかなりわたしも疲弊したのだが、何か学んだことがあるとすれば、どうやら自分は料理がうまいらしい、ということだ(単に比較の問題かもしれないが。。。) あと、ホームステイ先の料理がまずくてしんどいって言う留学生の気持ちが、ちょっとわかったような気がする 笑 まあ諸々のこともあと一ヶ月の辛抱(3月にはわたしらが日本に行き、お母さんは韓国に帰るため)だから、耐えるしかないかな
1/18/2012
ある日、南アラバマにて
自嘲気味に気に入っているシンプソンズのエピソードに、大学院生についてのものがある
カートが大学院生をバカにしているのをマージがたしなめて、"Don't make fun of grad students--they just made a terrible life choice" というのだ(下記参照)
この前唇がひどく荒れてガサガサになり、ふつうのリップバームでは全然効果なくてかぶれたようになったので、(またしても)ウォークインクリニックに行くことにした ネットで調べたら、ドクター・グプタと言ってなんやらインド系のお医者さんらしい この医者にはおばあさんが一回かかったことがあり、何にもしてくれなかった!と文句たらたらだったが、まあ他に選択肢もないし、と娘を夫のお母さんに預け、授乳時間の合間を縫って出かけることにした
道すがらマージの台詞を思い出しつつ、確かに自分たちは大学院なんか行っちゃって人生の選択を誤ったよな~と、冗談まじりに話しているうちにクリニックに着く 12時半くらいだったが、窓口に行くと、「ドクター・グプタは2時まで戻りません」と オフィスアワー9時から5時までって書いてあるのにいないんかい、とさっそくイラッとして、もう今日は諦めようかなあと車に戻ると、エンジンがかからない
うちの車は電気系統がいかれていて、時々セキュリティロックがかかってエンジンがかからないことがあったのだが、去年だったかこの件で修理に出したので、もうすっかり直ったと思っていたのに、また壊れたみたいだ 修理に出す前はよく、夫がエンジンの蓋を開けて、誰かにアクセルを踏ませつつスクリュードライバーをどこやらに差し込み火花を散らせてエンジンをかける、という原始的すぎる方法を取っていたのだが、さすがにもう直ったと思っていたので今日はスクリュードライバー用意してないと言う 笑
しかし、夫曰く、この症状はしばらく待っていると直ることがあるらしい 以前夫とAがモールに行ったときにも動かなくなったけど、ペットショップで暇つぶしてまったく予定外に熱帯魚とか買ってる間に直ったという というわけで、他にどうしようもないので、近くで何か食べて2時まで待ってドクター・グプタに会うことした 授乳時間までに帰れないので、娘にはミルクをあげるように夫のお母さんに電話で頼む
クリニックが入っているストリップモールには飲食店らしきものはないので、なんかこのイベント自体が貧乏院生生活のパロディみたいだよな~、とか言いながら、とぼとぼと道を歩いていくと、Chick & Sea Restaurantの文字と、間の抜けたグーグーガンモみたいな鶏と魚の躍る看板が視界に入ってくる そのローファイ加減に、思わずへらへらと力の抜けた笑いが漏れる 見るからに鄙びた感じのレストランで、フライドチキンやシーフードを使った家庭料理の店のようである 周りにはほかにサブウェイしか見当たらないし、これも何かの縁だからというわけで、吸い寄せられるようにして入っていってみると、中はお年寄りで超満員であった 老人の群れに混じり、夫はシュリンプポーボーイ、わたしはオイスターポーボーイを食べ、デザートにぺカンパイも頼んだ それなりにいける味だ ゆっくりと食事して1時を過ぎたころあたりを見回すと、店一杯にいたじーさんばーさんたちが忽然と消えている お年寄りは実に規則正しい生活を送っているようだ
レストランを出て車に戻ると、エンジンがかかった!この機を逃してはならんと、夫には家に帰って別の車を持ってきてもらい、わたしはドクター・グプタに会う たしかにインド系のおっちゃんだったが、診察が30秒で終了したため特筆すべきこともなく、処方箋をもらって帰る 帰りはおばあさん(クリスマスで帰国した夫のお父さんにくっついて韓国に行ってしまいいないのだが、それはまた別の話)の車に乗ったが、走ってる間中ずっとただならぬ異音を立てていたので、どっちかっていうとこの車のほうがやばいんじゃないのという感じだった トラブルのない車には、どうやら縁がないらしい
カートが大学院生をバカにしているのをマージがたしなめて、"Don't make fun of grad students--they just made a terrible life choice" というのだ(下記参照)
この前唇がひどく荒れてガサガサになり、ふつうのリップバームでは全然効果なくてかぶれたようになったので、(またしても)ウォークインクリニックに行くことにした ネットで調べたら、ドクター・グプタと言ってなんやらインド系のお医者さんらしい この医者にはおばあさんが一回かかったことがあり、何にもしてくれなかった!と文句たらたらだったが、まあ他に選択肢もないし、と娘を夫のお母さんに預け、授乳時間の合間を縫って出かけることにした
道すがらマージの台詞を思い出しつつ、確かに自分たちは大学院なんか行っちゃって人生の選択を誤ったよな~と、冗談まじりに話しているうちにクリニックに着く 12時半くらいだったが、窓口に行くと、「ドクター・グプタは2時まで戻りません」と オフィスアワー9時から5時までって書いてあるのにいないんかい、とさっそくイラッとして、もう今日は諦めようかなあと車に戻ると、エンジンがかからない
うちの車は電気系統がいかれていて、時々セキュリティロックがかかってエンジンがかからないことがあったのだが、去年だったかこの件で修理に出したので、もうすっかり直ったと思っていたのに、また壊れたみたいだ 修理に出す前はよく、夫がエンジンの蓋を開けて、誰かにアクセルを踏ませつつスクリュードライバーをどこやらに差し込み火花を散らせてエンジンをかける、という原始的すぎる方法を取っていたのだが、さすがにもう直ったと思っていたので今日はスクリュードライバー用意してないと言う 笑
しかし、夫曰く、この症状はしばらく待っていると直ることがあるらしい 以前夫とAがモールに行ったときにも動かなくなったけど、ペットショップで暇つぶしてまったく予定外に熱帯魚とか買ってる間に直ったという というわけで、他にどうしようもないので、近くで何か食べて2時まで待ってドクター・グプタに会うことした 授乳時間までに帰れないので、娘にはミルクをあげるように夫のお母さんに電話で頼む
クリニックが入っているストリップモールには飲食店らしきものはないので、なんかこのイベント自体が貧乏院生生活のパロディみたいだよな~、とか言いながら、とぼとぼと道を歩いていくと、Chick & Sea Restaurantの文字と、間の抜けたグーグーガンモみたいな鶏と魚の躍る看板が視界に入ってくる そのローファイ加減に、思わずへらへらと力の抜けた笑いが漏れる 見るからに鄙びた感じのレストランで、フライドチキンやシーフードを使った家庭料理の店のようである 周りにはほかにサブウェイしか見当たらないし、これも何かの縁だからというわけで、吸い寄せられるようにして入っていってみると、中はお年寄りで超満員であった 老人の群れに混じり、夫はシュリンプポーボーイ、わたしはオイスターポーボーイを食べ、デザートにぺカンパイも頼んだ それなりにいける味だ ゆっくりと食事して1時を過ぎたころあたりを見回すと、店一杯にいたじーさんばーさんたちが忽然と消えている お年寄りは実に規則正しい生活を送っているようだ
レストランを出て車に戻ると、エンジンがかかった!この機を逃してはならんと、夫には家に帰って別の車を持ってきてもらい、わたしはドクター・グプタに会う たしかにインド系のおっちゃんだったが、診察が30秒で終了したため特筆すべきこともなく、処方箋をもらって帰る 帰りはおばあさん(クリスマスで帰国した夫のお父さんにくっついて韓国に行ってしまいいないのだが、それはまた別の話)の車に乗ったが、走ってる間中ずっとただならぬ異音を立てていたので、どっちかっていうとこの車のほうがやばいんじゃないのという感じだった トラブルのない車には、どうやら縁がないらしい
12/18/2011
母帰る
で、そうこうしているうちに夫のお母さんは予定より早くアラバマに一人で戻っていったんですが
まあ彼女は来たのが臨月前とかなり早くて、運転が苦手なのとあんまり行動的な人でもないのでここではあんまりすることもなかったのもあるし、料理問題が解決を見なかったり(というか悪化した 笑)、狭い家で三人顔つき合わせていればまあ雰囲気が悪くなることもあるよね、ということで、ここらが潮時、だったのかと思う
わたしはわたしで、退院以降も娘の体重が増えないのでめちゃくちゃストレスをためていた 振り返ってみると単純に母乳が足りてない、ということだったのだが、これも自分的にはショックで、実際に子どもを生む前は母乳神話とかかなり懐疑的だったのに、気がつけば母乳育児に異常な執念を燃やしている自分がおり、搾乳したりマッサージしたり、可能なことはすべてやったのだが、結局ミルクとの混合にせざるを得なくなり、今にして思うとそれで全然よかったのだが、当初はなぜだか感情的に受け入れがたいものがあった
母乳のことだけでなく、大変でも自分でちゃんとすべてやりたい、という性格が災いして、いっぱいっぱいなのに人に頼るのはイヤ、という悪循環にもなっていた気がする 夜中に娘が泣き出して、あやしても泣き止まないときなど(今思うと単にお腹が空いてたんだろうが)、お母さんが部屋に入ってきて娘を抱いて連れて行ってしまったりすると、好意でやってくれてるのはわかるがもうどうにもムカーッときてしまい、彼女が赤ちゃん言葉とか自作子守唄(笑)などで娘をあやしているのを聞いただけでイラッときたりとか 独占欲、なのだろうか、こんな感情が自分の中にあったことにとりあえず驚くというか。。。あとは帝王切開になったせいでbondingがいまいちできてない、という気持ちがどうしてもぬぐえなかったのもある 絵に描いたような産後うつの前駆症状じゃん、ということで、はたと気づいて軌道修正したからよかったけど
まあ一月にはまたお母さんたちの家に越してしばらく一緒に住むことになるので、めんどくさいことにならないといいな~と思っているんだけど、今のところは、家族三人の暮らしをようやく落ち着いて楽しんでいる
まあ彼女は来たのが臨月前とかなり早くて、運転が苦手なのとあんまり行動的な人でもないのでここではあんまりすることもなかったのもあるし、料理問題が解決を見なかったり(というか悪化した 笑)、狭い家で三人顔つき合わせていればまあ雰囲気が悪くなることもあるよね、ということで、ここらが潮時、だったのかと思う
わたしはわたしで、退院以降も娘の体重が増えないのでめちゃくちゃストレスをためていた 振り返ってみると単純に母乳が足りてない、ということだったのだが、これも自分的にはショックで、実際に子どもを生む前は母乳神話とかかなり懐疑的だったのに、気がつけば母乳育児に異常な執念を燃やしている自分がおり、搾乳したりマッサージしたり、可能なことはすべてやったのだが、結局ミルクとの混合にせざるを得なくなり、今にして思うとそれで全然よかったのだが、当初はなぜだか感情的に受け入れがたいものがあった
母乳のことだけでなく、大変でも自分でちゃんとすべてやりたい、という性格が災いして、いっぱいっぱいなのに人に頼るのはイヤ、という悪循環にもなっていた気がする 夜中に娘が泣き出して、あやしても泣き止まないときなど(今思うと単にお腹が空いてたんだろうが)、お母さんが部屋に入ってきて娘を抱いて連れて行ってしまったりすると、好意でやってくれてるのはわかるがもうどうにもムカーッときてしまい、彼女が赤ちゃん言葉とか自作子守唄(笑)などで娘をあやしているのを聞いただけでイラッときたりとか 独占欲、なのだろうか、こんな感情が自分の中にあったことにとりあえず驚くというか。。。あとは帝王切開になったせいでbondingがいまいちできてない、という気持ちがどうしてもぬぐえなかったのもある 絵に描いたような産後うつの前駆症状じゃん、ということで、はたと気づいて軌道修正したからよかったけど
まあ一月にはまたお母さんたちの家に越してしばらく一緒に住むことになるので、めんどくさいことにならないといいな~と思っているんだけど、今のところは、家族三人の暮らしをようやく落ち着いて楽しんでいる
生まれました
11月27日に無事女児を出産しました
気がつけば今日で娘が生まれて3週間 最初の2週間はもう何だかわけがわからないうちに過ぎていって、ようやく最近いろんなことが落ち着いてきた気がする
まず出産が予定外に帝王切開になってしまって、もうその時点で計算が狂ったのだった ふつうに陣痛が始まって病院に行って、無痛希望なのでエピデュラル(硬膜外麻酔)を打ってもらって順調に破水して、あとは子宮口が完全に開くのを待つだけ、だったのだけど、これが待っても待っても全開にならず そうこうしているうちに胎児の心拍数が下がるし自分自身は発熱してガタガタ震え出すし、一応ミッドワイフの指示でいきむのもやってみたけど、どうも胎児の頭の向きが悪くて、子宮口に引っかかって出てこられないらしい というわけで、急遽ドクターが来て、位置を手で直そうとするがうまくいかず、結局自分としてはかなり嫌々な感じで、帝王切開となった(回復に時間がかかるのと、高額なので避けたかった) 手術中は寒くて寒くて震えが止まらず、術後すぐ娘と並んで撮った写真があって、いい写真だといろんな人に言ってもらったけど、あのときのコンディションは実はもう最悪だったのだった
生まれたら生まれたで、術後は体が思うように動かない状態で、自分ではよく覚えていないがいろんな管が体から出ていて、胃が何も受け付けなくて水飲んでも吐くし、突然震えが止まらなくなって、これが傷口に響いて痛いの何の、我ながら一体どうやってこんな状態で授乳とかしてたんだろうか
体が少しましになってからもトラブル続きで、産後72時間で(アメリカは入院期間が短く、帝王切開でもこれくらいがふつう)予後がまあまあいいからもうドクターの許可さえあれば帰宅していい、と言われていたのに、その日に限って主治医がなぜか病室に現れず、帰れない羽目に しかもその無駄な一日の間に、今度は娘の体重が規定以下に減ってしまい、小児科医に娘の帰宅を禁止される始末で、結局母子ともに退院していい状態になるまでに4泊とか?したのだったか
しかも極めつけは(注意:こっから先完全な下ネタです)、退院後4、5日目のことだったと思うが、かつてないほどの便秘になり、もう絶対行くもんかと思っていたERに(しかもそんな用事で)舞い戻ることに 出産当日から鎮静剤痛み止めの類をガンガン使っていて、その副作用で便秘になったということなのだが、溜まった古い便がカチカチになって肛門に蓋をしているような状態で、ヤケクソになって下剤飲んでみたけど、すでに硬くなったものの状態は変わらないので、便秘にもかかわらずその硬い蓋の隙間から下痢もしてるみたいな、、、ああ、汚くてすいませんね
で、ありていに言うと、ERのロビーで待たされてる間中shitting my pants 状態だったのだ お前が新生児か、みたいな話である 止めたくても止められません的な状態になって生理用ナプキンをもらいにいったりしたので、さすがに不憫に思われたのか、早めに診察してもらえ、その後、もうあえて訳さないけれども、soap suds enemaの処置を受け、一晩かかって、こんなものが自分の体内にあったなんてウソでしょう、というサイズの宿便を無事出産した 本当にもうこれでダメなら死ぬと思ったので、むしろ便秘などという生易しい呼び方で語ってはいけないような気すらする どっちかっていうと臨死体験だね
そんな母の産みの苦しみを知ってから知らずか(?)、新生児もうんこをするときは、これ以上に苦しいことは世の中にない、というような苦悶の表情を浮かべている(赤ちゃんにはよくあることらしい) そうでなくても黒目が大きく、常にちょっと悲しそうな顔なのだ 世界ってさみしいところだなあとでも思っているかのようだ あるいは、ゴッドマザーのSの言葉を借りれば、she already knows life sucks とでも そんな顔を見るにつけ、わが子よ心配するな、世の中の大抵のことは便秘でERに行くよりはましだよ、と語りかける日々である
気がつけば今日で娘が生まれて3週間 最初の2週間はもう何だかわけがわからないうちに過ぎていって、ようやく最近いろんなことが落ち着いてきた気がする
まず出産が予定外に帝王切開になってしまって、もうその時点で計算が狂ったのだった ふつうに陣痛が始まって病院に行って、無痛希望なのでエピデュラル(硬膜外麻酔)を打ってもらって順調に破水して、あとは子宮口が完全に開くのを待つだけ、だったのだけど、これが待っても待っても全開にならず そうこうしているうちに胎児の心拍数が下がるし自分自身は発熱してガタガタ震え出すし、一応ミッドワイフの指示でいきむのもやってみたけど、どうも胎児の頭の向きが悪くて、子宮口に引っかかって出てこられないらしい というわけで、急遽ドクターが来て、位置を手で直そうとするがうまくいかず、結局自分としてはかなり嫌々な感じで、帝王切開となった(回復に時間がかかるのと、高額なので避けたかった) 手術中は寒くて寒くて震えが止まらず、術後すぐ娘と並んで撮った写真があって、いい写真だといろんな人に言ってもらったけど、あのときのコンディションは実はもう最悪だったのだった
生まれたら生まれたで、術後は体が思うように動かない状態で、自分ではよく覚えていないがいろんな管が体から出ていて、胃が何も受け付けなくて水飲んでも吐くし、突然震えが止まらなくなって、これが傷口に響いて痛いの何の、我ながら一体どうやってこんな状態で授乳とかしてたんだろうか
体が少しましになってからもトラブル続きで、産後72時間で(アメリカは入院期間が短く、帝王切開でもこれくらいがふつう)予後がまあまあいいからもうドクターの許可さえあれば帰宅していい、と言われていたのに、その日に限って主治医がなぜか病室に現れず、帰れない羽目に しかもその無駄な一日の間に、今度は娘の体重が規定以下に減ってしまい、小児科医に娘の帰宅を禁止される始末で、結局母子ともに退院していい状態になるまでに4泊とか?したのだったか
しかも極めつけは(注意:こっから先完全な下ネタです)、退院後4、5日目のことだったと思うが、かつてないほどの便秘になり、もう絶対行くもんかと思っていたERに(しかもそんな用事で)舞い戻ることに 出産当日から鎮静剤痛み止めの類をガンガン使っていて、その副作用で便秘になったということなのだが、溜まった古い便がカチカチになって肛門に蓋をしているような状態で、ヤケクソになって下剤飲んでみたけど、すでに硬くなったものの状態は変わらないので、便秘にもかかわらずその硬い蓋の隙間から下痢もしてるみたいな、、、ああ、汚くてすいませんね
で、ありていに言うと、ERのロビーで待たされてる間中shitting my pants 状態だったのだ お前が新生児か、みたいな話である 止めたくても止められません的な状態になって生理用ナプキンをもらいにいったりしたので、さすがに不憫に思われたのか、早めに診察してもらえ、その後、もうあえて訳さないけれども、soap suds enemaの処置を受け、一晩かかって、こんなものが自分の体内にあったなんてウソでしょう、というサイズの宿便を無事出産した 本当にもうこれでダメなら死ぬと思ったので、むしろ便秘などという生易しい呼び方で語ってはいけないような気すらする どっちかっていうと臨死体験だね
そんな母の産みの苦しみを知ってから知らずか(?)、新生児もうんこをするときは、これ以上に苦しいことは世の中にない、というような苦悶の表情を浮かべている(赤ちゃんにはよくあることらしい) そうでなくても黒目が大きく、常にちょっと悲しそうな顔なのだ 世界ってさみしいところだなあとでも思っているかのようだ あるいは、ゴッドマザーのSの言葉を借りれば、she already knows life sucks とでも そんな顔を見るにつけ、わが子よ心配するな、世の中の大抵のことは便秘でERに行くよりはましだよ、と語りかける日々である
11/21/2011
ベイビーシャワーの顛末など
気がつけば日付変わって今日で39週目に入る 予定日まで10日ぐらいだが、産まれる気配はいまだなし ただ毎日腹が張って痛いのみ これは父が博論のプロスペクタスを書き終え母の博論の目処も着くまでもうちょっと待つのだぞ、とお腹の子に日々言い聞かせているせいなのか、それとも単に、高齢初産によくあると聞く、なかなか子宮口が開かないというパターンなのか、段々よくわからなくなってきたけど、今のところまだ焦ってはいない とりあえず博論の2章の直しがのろのろと最終セクションまで来たから、あと一週間待ってくれるとうれしい。。でも子が待てなければ、そのときはそのときだ
で、ベイビーシャワーだが、主催すると言ったSがアル中の時点で(しかもその話が出たとき彼女は泥酔していたので)、あんまりまともに期待してはいけないとは自分に言い聞かせてはいたんだけど、ふつうに流れました 笑
えーとちなみにベイビーシャワーというのはアメリカの習慣で、日本では子どもが産まれてから出産祝いを贈るのがふつうだけど、こちらでは産む側がほしいものリスト(レジストリという)を作って、そこから適当に買って予定日一月くらい前に贈ってしまうのが一般的である
で、そのベイビーシャワーの幹事をやると言ったSは、9月あたりまではああしたいこうしたい、っていうのをよく言ってきてくれて、なんか日本人も呼んでお茶飲んだり日本食食べたりするんだ!(それはオマエが寿司を食べたいだけでは。。。)とかまで言っていたのだが、それはさすがにわたしの方が、ふだん付き合いがほぼない日本人の主婦の人たちとかが酔っ払いとレズビアンの群れに混じっている阿鼻叫喚なベイビーシャワーの図というのをとても想像できなかったため(笑)、ごめんねうち日本人の人たちとあまり付き合いないんだよねもっと小さい集まりでいいんだよ、と言って丸く収めた
それから一応ベイビーレジストリも作ってフェイスブックでリンクを送ったりもしていたのだが、その後ぱたりと連絡がやみ。。。
10月に入って夫にそれとなく、あれ、どうなってると思う?と聞いたら、絶対忘れてるからあきらめろと 笑 まあSも夫と同じくプロスペクタス書いたりティーチングで忙しいのはわかっていたので、別にしょうがないかとも思ったのだが、それから少し経って夫が会ったら、彼女の目標は「ベイビーシャワーをする」から「子どもが産まれたら料理の差し入れをする」にいつの間にか切り替わっていたらしく、病院に食べ物持って行く!何がいい?と言ってきたそうだ 笑
そんでこないだたまたま電話で話したら、やっぱり差し入れ何がいい?と言われ、しかも、わたしがレジストリのリンクを送ったことすら忘れて、ところでレジストリはある?と聞いてきたので、さすがにをい!と思ったが、まあ仕方ないやね(酔っ払いにはめっぽう寛容なわたくし) 彼女はゲイの人が往々にしてそうであるようにかなりのグルメで、いつもファンシーな食材をふんだんに使って料理をする人なので、もしその差し入れの件も忘れなければ、けっこうおいしいものが食べられるかもしれない 笑
で、ベイビーシャワーだが、主催すると言ったSがアル中の時点で(しかもその話が出たとき彼女は泥酔していたので)、あんまりまともに期待してはいけないとは自分に言い聞かせてはいたんだけど、ふつうに流れました 笑
えーとちなみにベイビーシャワーというのはアメリカの習慣で、日本では子どもが産まれてから出産祝いを贈るのがふつうだけど、こちらでは産む側がほしいものリスト(レジストリという)を作って、そこから適当に買って予定日一月くらい前に贈ってしまうのが一般的である
で、そのベイビーシャワーの幹事をやると言ったSは、9月あたりまではああしたいこうしたい、っていうのをよく言ってきてくれて、なんか日本人も呼んでお茶飲んだり日本食食べたりするんだ!(それはオマエが寿司を食べたいだけでは。。。)とかまで言っていたのだが、それはさすがにわたしの方が、ふだん付き合いがほぼない日本人の主婦の人たちとかが酔っ払いとレズビアンの群れに混じっている阿鼻叫喚なベイビーシャワーの図というのをとても想像できなかったため(笑)、ごめんねうち日本人の人たちとあまり付き合いないんだよねもっと小さい集まりでいいんだよ、と言って丸く収めた
それから一応ベイビーレジストリも作ってフェイスブックでリンクを送ったりもしていたのだが、その後ぱたりと連絡がやみ。。。
10月に入って夫にそれとなく、あれ、どうなってると思う?と聞いたら、絶対忘れてるからあきらめろと 笑 まあSも夫と同じくプロスペクタス書いたりティーチングで忙しいのはわかっていたので、別にしょうがないかとも思ったのだが、それから少し経って夫が会ったら、彼女の目標は「ベイビーシャワーをする」から「子どもが産まれたら料理の差し入れをする」にいつの間にか切り替わっていたらしく、病院に食べ物持って行く!何がいい?と言ってきたそうだ 笑
そんでこないだたまたま電話で話したら、やっぱり差し入れ何がいい?と言われ、しかも、わたしがレジストリのリンクを送ったことすら忘れて、ところでレジストリはある?と聞いてきたので、さすがにをい!と思ったが、まあ仕方ないやね(酔っ払いにはめっぽう寛容なわたくし) 彼女はゲイの人が往々にしてそうであるようにかなりのグルメで、いつもファンシーな食材をふんだんに使って料理をする人なので、もしその差し入れの件も忘れなければ、けっこうおいしいものが食べられるかもしれない 笑
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