9/07/2011

シアトル旅行(1):Panama Hotel

8月末から二泊三日で、夫が学会で発表するのにくっついてシアトルに行ってきた
航空券が恐ろしく高いので最初は留守番の予定だったが、夫が一緒に行く予定だった人がキャンセルして一人だと言うし、子どもが生まれたら当分旅行らしい旅行はできないので、行っておくことにした

シアトルといったら、私的には90年代半ば、ジョディ・フォスターが出演していた森永の「カフェラッテ」のCMが思い出される 「シアトルあたりじゃカフェラッテ」というのがキャッチコピーで、そうか、シアトルあたりじゃこんなコーヒー牛乳飲んでるのか、という刷り込みが、スターバックス進出以前にすでにあったわけだ まあ実際に行ってみても、確かにコーヒーショップは多いことは多い 犬も歩けばスタバに当たるというのは、シアトルでなくてもアメリカの大都市ならどこもそうだが、この町にはそれ以外にもシアトルズベストとかタリーズ(日本にもありますね)とか、その他チェーンでないものも含めてコーヒーショップが目立つ 
あとは、そう、日本人的には、イチローとマリナーズだろうか(MLBに興味がないので、セーフコフィールドは特に見に行かず、遠くから眺めただけだった) そんなこんなでシアトルに対する大したイメージも情報も持たないままに旅行に出て、時間もあまりなかったので中心部しか巡らなかったけれど、なかなか楽しい旅行になった

滞在中は、チャイナタウン/インターナショナルディストリクトにある、日本に縁のある不思議宿、Panama Hotelに泊まった B&B形式のヒストリックホテルで、こういうタイプの宿に泊まるのはアメリカに来て初めてである
ここは元々20世紀初頭に当時の日本町に建てられたホテルで、日本からの移民も多く滞在していた さびれ放題だったのを現オーナーであるアメリカ人女性が買い取って、綺麗にして営業しているらしい 30年代に日系移民がinternment camp(強制収容所)に送られた後彼らが残していった品々も、彼女が保管してその一部を展示したり、ホテル地下に残るかつての銭湯のツアーも行っている

写真はホテルの玄関ドア―-6051/2というのが住所なのだが、番地が「半分」というのは、初めて見た 坂の多いシアトルには典型的な、坂道の傾斜を利用して建てられた建物なので、その関係で「半分」になっているのかもしれない ホテルの隣のティーハウスの番地は、半分ではない605だった
宿はB&B形式で、ダブルベッドひとつの部屋が90ドル(人が一人増えるたびに10ドルプラス) シアトルの中心部としては、悪くない値段だと思う(ちなみにチャイナタウンには、ドミトリー形式の安宿もけっこうあって、そういうところに行けばもっと安くは泊まれるだろう ダウンタウンは、基本的に100ドル以下はオンシーズンでは難しい)

夫がこの宿をネットで見つけ、雰囲気に惹かれてぜひ泊まろうという話になったのだが、オンラインレビューを見ると、えらく気に入ってリピートするまでになる人と、最低だという人と、ぱっきり分かれていた 部屋の古さ汚さ云々については、そんなこと言うなら始めからこの手の宿に泊まらなきゃいいのにと思うが、経営者側の営業態度に対する文句は、まあ正直妥当な部分もある

というのも、なにしろこの宿は、スタッフと連絡を取るのがほぼ不可能に近い 笑 オンライン予約のリンクは死んでおり、電話してもつながらないというのが何日も続いたあと、やっと一人のスタッフが電話を取ったが、予約したい、というと、「調べてコンファメーションのためかけ直す」と言って、その後連絡はさっぱりなく 翌日こちらからかけ直すと、「部屋はたくさん空いてるからjust come by.」と え、予約とか、ないんですか?

実際に現地に着いて、かなり不安ながらも宿を探し当てると、一応人がいて(苦笑)チェックインはすることができた しかし、クレジットカード番号、カードの裏の3桁のセキュリティナンバー、免許書の番号など一式を、宿帳という名のただの紙ペラの裏側に書き付けてその辺に放っていたりするので、大丈夫か?という思いはいや増す そして、何人か日替わりで来ているらしい男性スタッフたちは、それぞれ親切ではあったのだが、引継ぎをちゃんとしない上にオーナーの許可がないと何もできないらしかった わたしたちの滞在中はほぼオーナーには出くわさなかったので、結局銭湯なども見て回ることができなかったし、チェックアウト時にレシートをもらうことすらできなかった――というか、チェックアウトしようとしたら、オフィスに誰もいなかった 笑 あとでクレジットカードの使用歴をチェックしたら、二重に引かれているようなことはなかったので、とりあえず安心した

部屋そのものは、築100年以上の建物にしては綺麗だし、居心地がよくて気に入った(写真--キュリアスジョージは備品でなくてうちのです)
強いて難点を挙げるなら、部屋に風呂、シャワーがないことだろうか ヨーロッパの安宿などにはよくあることだが、モーテル主体のアメリカでは珍しいと思う 女性専用のバスルームは「ヨーロッパ風である」と言われ、確かに猫足のバスタブはあったが、シャワーがなくて使いづらいのと、綺麗に掃除されていなかった(あまり女性客がいないので使われないのだろう)ので、もっぱら男女兼用のシャワーを使っていた シャワーはお湯がぬるくて、ああこれは安宿によくあるパターンか、と覚悟したが、10分くらいでまあまあ快適な温度のお湯になった しかしこれは、冬場は辛いだろう
あと夜中にトイレに立ったら、通り道にある誰も泊まっていない部屋が開け放たれて明かりがついていたので、そんな幽霊屋敷みたいな演出はいらない、とは思った 笑

よかったのは、宿泊客は併設のティーハウスで無料で朝ごはんを食べられるところ(好きな飲み物とデーニッシュやケーキ類ひとつ選べる 飲み物は、ほうじ茶緑茶などもある) このティーハウスは日本町の古い写真なども飾られて、ちょっとしたギャラリーのようになっている

結論としては、古いのと働いている人たちがあんまりプロフェッショナルでないのを気にしない人なら、楽しめるホテルだと思う

8/26/2011

バナナプディング

昨日は夫の誕生日だったので、車で2時間ほどのSt George Islandという小さな島に泳ぎに行った
ここはわたしたち夫婦の行きつけで、いつもは島についてすぐのところにあるパブリックビーチに行くのだが、今回は特別に6ドル払って外れにあるステートパークに行ったら、きれいで、人もほとんどいなくてすごく良かった いつもビーチには盗られたらいやだからカメラは持っていかないのだが、この日は平日で学校が始まる時期ということもあってか人出がほぼないような状態だったので、持っていって写真を撮ればよかったと思う 帰ってきたあとは、夫のリクエストにより、から揚げとマカロニサラダ、味噌汁の晩御飯 それから、昨日から下準備しておいたバナナプディングをバースデーケーキの代わりに出した

バナナプディングというのもたぶん南部のデザートだと思う 夫が子どもの頃、誕生日にはおばあさんに何でも好きなデザートを作ってもらうことができたそうで、いつもバナナプディングをリクエストしたという そういう話はいつもしてもらっていて、ひょっとして作れというプレッシャーがかかっているのかとも思いつつ、もともとお菓子作りあまりしないわたしは放置していたのだった 笑 今回は、いつも誕生日にあまり大したことをしてあげなくて不憫に思っていたので、作ってあげることにした
といっても、見かけがどういうものかというところからわからなかったのだが、この前アラバマのバイユーラバトリーで入ったレストランでちょっとだけ食べたので、その記憶を元に見よう見真似で、最終的にはこのレシピを使って作ってみた  プディングというよりは、カスタードクリームにバナナと、バニラウェハースと呼ばれるクッキー(下の写真に写っている真ん丸いもの)を崩して入れたお菓子、という感じだ
夫はお愛想か今まで食べたバナナプディングでおいしいと言ってくれた(いや、たぶんおばあさんのやつの方がうまいだろう)が、これが何しろ甘い 脳が損傷を受けるんじゃないかというぐらいの強烈な甘さだ 
もちろん南部のデザートは甘くてなんぼ バタークリームたっぷりのバースデーケーキなどは全然好きでないわたしだが、ケーキでないこの手のデザートなら、何となく食べてしまえるほうだ とは言え、作りすぎて大量に残ってしまった

糖尿の検査を再来週に控えているので、本当なら甘いものは控えたいところだが、あと3、4日は夫婦ふたりでこれを食べ続けることになりそうだ ジャンクフードと甘いものが好きな隣人にも密かに処理班になってもらおうと期待していたが、昨夜食べさせたら、「実はフルーツ全部にアレルギーがある」と言って、あまり食べなかった えっ、フルーツ全部?それアレルギーとかじゃなくて偏食なだけだろ、とも思ったが、食べられないもんは仕方がない

まあ夫に喜んでもらえたのでよしとして、黙々と残りを食べよう

8/21/2011

ジョージアピーチをなめてはいけない

ジョージアといえばピーチ、ピーチといえばジョージアというくらい、桃はこの州でも一番の特産物である 黄桃で、この辺のスーパーではフレッシュなものも安く手に入る
わたしは今まで、この桃は大したことなくて、日本の白桃の方がおいしいんじゃないかね、などと言っては、夫(この人はジョージア州の高校を出たので桃には一家言ある)にジョージアピーチをなめるんじゃないと言われていた
ところが最近、行きつけのウォルマートの商品管理のひどさとレジ前のカオスっぷり(人の配置の仕方がめちゃくちゃなので、いつもレジ前に人が足りなくて行列になっている)に耐えかねて、行くのをやめた それで、近所のWinn Dixieという別のスーパーに行って、たまたまジョージアピーチが出ていたので買ってみたら、これがもう何じゃこりゃあと叫んでしまうぐらいうまかった
つまり、ジョージアピーチがおいしくないのではなくて、わたしがおいしいジョージアピーチを食べたことがないだけだったのだ ウォルマートにはあっても硬くて小ぶりのものしかおいてないし、そもそもカリフォルニア産が多くてジョージアピーチ自体なかなか見つからないことが多かったからだ 勝手な思い込みで決め付けてはいけないと、桃に誓って書いておく

思い込みといえば、わたしが住んでいる地域の日本人の人たちはウォルマートに対するネガティブバイアスが強い 確かにうちの近所のウォルマートは上記のような問題があるのだが、市内にはほかにも新しくてきれいなウォルマートもあるし、わたしがミシシッピに住んでいたときは、ウォルマートは町に二軒しかないスーパーのうちの二軒だったから、誰もが買い物に行くし、経営戦略(店員を最低賃金で酷使するので結局社員教育もへったくれもなくなってしまう、中国のスウェットショップで安物を大量生産しているetc)にまつわるネガティブなイメージは別として、特に店そのものを悪くいうような人はあまりいなかった(実際そこの店舗はいろんな点でこの前までわたしが行っていたところよりしっかりしていた)
ところがここでは、ウォルマートそのものをものすごく馬鹿にしていて、話を聞いていると要は貧乏人(i.e.黒人とメキシカン)が行く店では買い物したくないと言っているようにしか思えない人がいるので、一体何なんだろうと思う 品物がものすごくいいとは言えないし、他にも色々と選択肢があるので別の店(PublixなりWinn Dixieなり)に行くというのなら話はわかるのだが、そこに人種にまつわる余計な一言を無神経に添えてくる人たちがいる これはスーパーのことだけでなくて、何でもそうだ もちろん日本人の人が皆そうだと言っているのではないのだが、ここでわたしが日本人の人たちとほとんど交流がないのは、そういう種類の人たちを避けて通ってきた結果でもある

腹立ちついでに書いてしまうが、一度わたしが日本にいるときから知っている人が、「黒人は働かない」ということを真顔で言ったので、本当に驚いたことがあった というのも、わたしはこの古典的なステレオタイプであるところの文句が、19世紀のプランテーションノベルとかでなく実際に21世紀に生きている人の口から発話されるのを、アメリカに来てから二回しか聞いたことがないからだ 一度目は、ミシシッピの初老の白人男性だった 一緒に車に乗っているとき、"Let me tell you a secret..."というから何事かと思ったら、"Black people are lazy." と彼は言ったのだ この人は日本人留学生であるわたしには終始大変親切で、個人的に向こうに行ってから色々と世話にもなったのだが、二言目にはこの手の発言をする人だったので、わたしは決して心を開く気にはなれなかった

やはり、ジョージアピーチをなめてはいけないと思う

おばあさんにもらったBest of the Best Mississippi Cookbookという本のレシピでピーチコブラーを作ったらおいしかったので、下に記しておく

めんどくさがりのピーチコブラー(Lazy Peach Cobbler)
砂糖 1カップ(アメリカの1カップは240mlぐらい)
セルフライジングフラワー 1カップ
牛乳 1カップ
バニラエッセンス 小さじ1
バター スティック一本分(たぶん日本に売っているバターを縦半分に切ったぐらい)
桃 10個(黄桃がよい 実は10個はちょっと多い気もするので、8個ぐらいでもいいかもしれない)

材料を全部混ぜ、油を引いた耐熱容器に入れ、皮を剥いて細かく切った桃を上に載せ、350 F(176℃)に余熱したオーブンで一時間ぐらい焼く レシピには45分とあるが、やってみたらもう少しかかった
生地が桃の上に上がってきて、焦げ目がついたらできあがり あんまり焼きすぎて普通のケーキみたいになるより、ある程度しっとりとした状態で止めた方がよい
バニラアイスクリームを載せて食べるのがおいしい
熟れすぎた桃でも、こうしてコブラーにするとおいしく食べられる

8/15/2011

アラバマの夏休み

10日ほど、夫の両親の家があるアラバマに行っていた
両親はふだん韓国に住んでいて、夏休みにこちらに戻ってきていたが、お母さんの方は早めにこちらを経って夫の姉が住むカリフォルニアに行き、わたしたちが訪れたときはお父さんひとりだった
夫とお父さんはおもに庭仕事(家が建ったばかりで何もないので、土をならしたり草を刈ったり) をして過ごし、わたしはなんだか洗濯ばかりしていたようだ でも、久しぶりに生産的なことを何もしないで、いい息抜きになった

ある日は、家のある場所からMobile湾を挟んで向かい側にある、Bayou La Batre (バイユーラバトリーと発音する)という小さな漁村まで三人で出かけた(地図参照) 


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ルイジアナだけでなく、メキシコ湾岸のミシシッピとアラバマにもフランス人が建てた町は多く、ここやMobileもそのひとつだ 映画「フォレスト・ガンプ」でババ・ガンプ・シュリンプ株式会社が設立されたのは、このBayou La Batreという設定ということだ(日本で見たときは意識してなかったが、フォレスト・ガンプはアラバマ出身なのである 実際にこの漁村には原作者の一族であるGump家というのがあって、夫の母方の一族と遠い親戚にあたるんだそうだ)
ここは一見、ただの南部の小さな田舎町なのだが、ヴェトナム戦争後は飛躍的にヴェトナム系移民が増えたという それから驚いたことに、統一教会(Unification Churchと英語では言う)の建物があった お父さんによると、70年代ごろアメリカの若者がカルト一般に強い興味を持っていた頃に、信徒を増やしたという
ここに来た目当てはお父さんが30年ほど前に来たことがあるというシーフードレストランだったが、たどり着くとつぶれていた ガスステーションで地元の人に話を聞くと、カトリーナの影響で閉店に追い込まれたという 残念だったが別の店でなんとか昼食を取ることができ、いちおうエビも食べた その後は、少し離れたDauphine Islandという島まで車を走らせ、そこから車ごとフェリーに乗って湾の反対側に戻った

ところでいつもなら、アラバマの家にはおばあさん(夫のお父さんのお母さん)がいるのだが、なんかかんかで機嫌を損ねて、ミシシッピの自分の家に帰ってしまったらしい もう帰ってこないでミシシッピにずっといる、と言っているのだが、どうなるだろうか
夫とお父さんに言わせると、この騒動の陰には、今ミシシッピに滞在している彼女のきょうだいのメアリーおばさんという人がどうも絡んでいるのではないかということだ メアリーおばさんという人はふだん南フロリダに住んでいてわたしは会ったことがないが、トラブルメーカーなのでおばあさんに何か吹き込んだかもしれないという
メアリーおばさんは、おばあさんときょうだいなのだが、ひとつも似ているところはないと夫とお父さんはいう
主な特徴は
1.声がでかい
2.いつも酔っ払っていて鬱陶しい(ちなみにおばあさんは酒を一滴も飲まず、自分の目の前では誰にも飲ませない)
3.たまに酔っ払ってないときも素で鬱陶しい
ということだ 
一度お父さんがミシシッピで彼女をイタリアンレストランに連れて行ったときは、店内の他の客と店員全員に間違いなく聞こえるであろう大声でこう言ったという:"This ain't no Ai-talian restaurant!!!! This place must be run by damn Jews from Miama!!!!" (メアリーおばさんは、MiamiをMiamaと発音するのが洗練された言い方だと思っているらしい) その場に同席した家族全員いたたまれない気持ちになったであろうことは間違いない また別の機会に、お父さんがHolly Springsというミシシッピの田舎町に彼女を連れて行ったときには、通りを歩いている黒人を見て、再びものすごくでかい声で、"Look at her!!!!! She must be from Africa!!!!"と。。。

南部に暮らしていると、たまーにこういう、Flannery O'Connorの小説から飛び出してきたような、存在自体が悪い冗談みたいな老人に出会うものだ ちょっと怖いもの見たさで会ってみたい気もするのだが、夫にそういったら、俺はもう全然会いたくないし、そんな南部研究的に面白い人物でも何でもなくて、単にうざいだけなのでやめとけ、ということだった 笑

7/29/2011

軌道修正

夫が応募していた奨学金、ダメだったとのこと
震災の影響で文科省が予算組み直したのか何なのか事情はよくわからないが、領事館から何人推薦できるかわからないと言われ、ひと月以上待たされたあげくのことなので、正直ふざけるなという感じだ 希望受け入れ先機関は社会科学系のかなりよさそうな実験施設があるところで、そこのディレクターの人からも、奨学金もらえたら来てもいいよという承諾ももらっていたので、ああ~なんだか勿体無い

夫婦ともに、今住んでいるところにややうんざりしているので、まだここに当分いると思うと落胆は大きい
日本でもアメリカでもどっちでもいいから引っ越したかったし、要はふたりとも大学院生という非生産的な身分にもう飽き飽きしていて、さっさと人生の次のステージに移りたいという気持ちが強いのだと思う 
夫はまだ3年目の終わりなのでいいけれど、日本で実験が組めないとなると博論の計画自体練り直さなければいけなくなるので、大変だろう まあ、リサーチグラントとかもらえたら短期で日本に行って実験することは不可能ではないのだろうけどね
自分に関しては、本当にいつまでこんなことやってんだ、という感じだ いい加減フルタイムで働いて学んだことを社会に還元したいし、学生ローンの借金もサクサク返したい

出産から間もなくアラバマに引っ越すことも考えて動いていたので、なんだか予定が狂わされたようだが、これもとっとと博論を書き上げろということなんだと受け取って、粛々と作業するしかないわ
実を言うと、日本に住んだら図書館に本が全然なくて、Interlibrary Loanも機能していなくてイヤだなあ、とは思っていたので、自腹で本買わなくても、資料を好きなだけ使って書くための時間を余分にもらったんだと思って、できることはできるうちに、をモットーに頑張ろう。。。

出産までに、何とか2章分書き上げるのが目標!