7/10/2011

フロリダ州内旅行2

毎週一定の量の原稿を指導教官のところに送る手筈となってるので、なかなかブログも更新できない
昨日今週分を出したので、今日は時間的に少し余裕がある


でマイアミだが。。。
何かもう記憶が薄れてきたが、とにかく先述の車のトラブルのせいで、観光に使えたのは一日だけだった 夫が朝早くから日本領事館に出かけていったので、わたしもそれに合わせてホテルを出て、電車とバスを乗り継いでマイアミビーチ市(グレーターマイアミと言われる本島部分に面した小さい島で、ビーチだとか人が一般的にマイアミの観光地と言って思い浮かべるような場所はここに集中している)まで出かけていった
電車やバスの中は、スペイン語が飛び交っていて、州内のほかの場所とはやはり違うという印象
ダウンタウンのバスターミナルは、ホームレスがたむろしていておしっこ臭かった 土地勘がないのであれなのだが、雰囲気のよい場所とよくない場所がめちゃくちゃに入り組んでいる気がする(ただし昼間歩く分には特に身の危険を感じたりはしない)

マイアミビーチに着き、サウスビーチの大通り沿いのアールデコ建築を見ながら歩く
パステルカラーで四角い建物のほとんどはホテルである




アールデコ建築群は20年代から40年代初頭にかけて建てられ、装飾性とか流線型が特徴とのこと 今の視点で見るとまあポップでかわいらしいのだが、当時としてはキッチュで俗悪な成金趣味だったのだろうか
今、ちょうど20年代から30年代辺りを博論で扱ってるので、この時代のフロリダに関する歴史書も読んでいるが、20年代のフロリダは空前の土地ブームでマイアミ中心に州が大きく発展した時代 これらの建築群は、その名残でもある

しかし、恐慌の影響もあって観光地としてのマイアミは徐々に寂れていき、80年代初頭辺りには治安も最悪だったとのこと 「スカーフェイス」はこの頃のマイアミでロケしたんだそうだ 確かに、雰囲気の悪さはよく出ている 笑

そこはかとない寂れ感と退廃というのは、実は今のマイアミビーチを歩いてすら感じられる 何かとにかくホームレスと前夜に飲みすぎて行き倒れている人が多く、一見きれいな屋外型ショッピングモールもそこら中おしっこ臭い
全体としては、(寂れ感も含め)何だか熱海みたいだ ホテルが建ち並ぶ海岸通りはあの、お宮の松がある辺りに、どことなく似ていた

本当はマイアミビーチを出てからダウンタウンに戻り、リトルハバナをふらついて見たかったのだか、時間がなく断念
まあおしゃれでも何でもないし特に何があるってわけでもないのだろうが、サンティリア(ヴードゥーのキューバ版のようなもの)グッズの店なんかあるみたいで、ちょっと面白そうだった
実は日本領事館はこのリトルハバナとかなり近くにあるので、あとで夫に言ったら、行ってみたかったみたいで残念がっていた
キューバの料理とか、せめて道端でエンパナーダ(中南米の人がよく食べる具入り揚げパンみたいなもの)でも買って食べられればよかったなと思う

2 件のコメント:

  1. 匿名7/18/2011

    以前コメントをさせていただいたものです。
    私は、一枚目の写真が目に入った時点で、”なんだか、熱海と変わらんなぁ・・・。”などと思っていたのですが、文章を読み進めていると、実際に現地を歩かれたhsk10さんも同じ印象をお持ちであると分かり、なかなか嬉しくなり、つい、コメントをさせていただいた次第です。
    なんだか、私には、最近のカメラが撮る写真は、おかしい表現ですが、現実にそあった被写体よりも、写真に映っている被写体の方が、よりクリアに感じます。私は、90年代頃のフィルムカメラが撮る写真が好きです。90年代は、ちょうど私が小さかった時期ですから、その頃に見た写真の質感というものが、自分の中での写真であるということです(お年寄りが、自分が若い頃に聴いた音楽が好きだというのと、同じようなレベルの話です)。実際、その頃に取られた、外国の写真なんかを見ると、アナログ写真としての質感や今ほどは高くない被写体の写真上での再現率(同じことを2回言っている気もしますが)などが要因して、ああ、本当に、今この目で観て、この肌で感じているこの現実、生活や世界とは、また別の世界がどこかにはあって、そこでも人が暮らしているのだなぁ。なんだか、そこへ行こうとすることは、考えただけでも、すごくワクワクするなぁ。なぞと、思ったりしたものですが、最近のカメラで撮った写真を見ると、被写体の写真上での再現率が高すぎて、クリア過ぎて、そこに映る折角の異国の地は、自分の部屋の窓を開けると姿をのぞかせる、築10年の薄汚れたビルや、ただの道路と、何ら変わらない気がして、虚しくて、少しショックです。
    今きっと熱海に行っても、小さい頃におばあちゃんとそこを訪れたときの楽しさはないだろう。なにか頭と胸に詰まっていて、目にうつるのは、耳に聞こえるのは、ただ見えただ聞こえるそれらになってしまう。ワクワクする感覚も、楽しそうになりそうな感覚もない。熱海に行くという情報と、それに基づいて行動したこの私と、実際にそこへたどり着いたときには、その現実と私が行動したという事実しか無い(しかも私の頭の中に)。何も、楽しいと感じない。これは、きっと楽しいことのはずなのに、とは感じる。
    私はなんの話をしているのでしょうか。
    ここまで読んでくださってありがとうございます。
    失礼します。

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  2. 匿名さん、
    おひさしぶりです コメントどうもありがとうございます
    最近の写真は再現率が高すぎてなんか違うというの、よくわかりますよ わたしは90年代の終わりごろ、一眼レフの重たいカメラを毎日持ち歩いて写真を撮ってましたから 8mmカメラで映画も作っていて、当時出たてのデジタルビデオカメラの画の質感にはものすごく違和感を覚えてました(当時はフィルムからデジカメへの過渡期でした) 
    今は仕方なく?デジカメで写真を取るようになっていますが、気に入った画が撮れることはもうなかなかありません 現像したら写っていないかもしれないから露出もピントも大事に大事に、なんてことをしなくてもいいかわりに、ゆっくり立ち止まって写真を撮ることもできなくなってしまったというか、ただデータを取って出して、取って出して、ってやってるだけのようです デジカメが経験の質そのものを変えてしまったのでしょうか

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